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キリンジからの弟脱退に見る兄弟姉妹の関係性について思うこと-2

前回記事: キリンジからの弟脱退に見る兄弟姉妹の関係性について思うこと-1 - ドラクエは、人生を救う



弟脱退のニュースを目にしたとき、やはり当然ながらショックを受けたのですが、同時になぜか同情もしました。
どちらに、ということはなく、兄にも同情したし、弟にも同情しました。

どちらの気持ちも分かりました。
(人の気持ちを軽々しく『分かる』というのも思い上がりな話ですが、少なくとも文字情報から推測される範囲内で)



弟・泰行氏は、ずっと自分で自由にやりたかったんだろうな。
曲作りやプロデュースの話だけではなく、「兄弟はただの兄弟」でありたかったんだろうな。
商業的な利害関係を結ぶ相手としてではなく。ごく単純な、一血縁者として。


これはただの推測ですが、弟は小さい頃から「優秀な兄」に何らかのコンプレックスを持っていたんではないかなと思います。
堀込兄弟も、世のどの兄弟姉妹もそうであるように、おそらく周囲から比較されながら育ってきたんだろうなと。

周囲の人が比較する尺度というのは、簡単で分かりやすいものに偏りがちです。
例えば、頭の良さとか。身体能力とか。
カッコイイとかカワイイとか、ブサイクだとかブスだとか。
堀込兄弟だったら楽器の演奏技術のうまさとか、歌の上手さとか、作る曲のクオリティの高さなど、そんな基準もあったかもしれません。

そういった基準で比較されたとき、評価が高かったのは兄だったことも多かったでしょう。
そのような周囲の声を、弟も長年に渡り感じてきていたと思います。


「兄には勝てない」

もしかしたら、こんな思いを抱く日もあったかもしれません。

プロデュースが器用かつ好きな兄です。
一定の範囲を超えたら、あとは兄に任せてついていくようなスタンスだった弟。
半分、どこか諦めのような気持ちもあったんではないでしょうか。

その諦めの気持ちは、何年もかけ「遂げられなかった想い」として容器いっぱいに蓄積され、ついに溢れ出る日を迎えます。

「俺は俺だ」



堀込兄・高樹氏からは、強い自己愛を感じます。
(実際に本人が自身のブログで語った中にも『自己愛』の単語が含まれているとおり)

自分は優れている。
自分には才能がある。
自分から生み出される作品は、素晴らしい。


しかし自己愛というのは、裏を返せば自分に対する自信のなさの現れでもあるのです。
自分自身への無能感。無価値感。否定。拒絶。
ふとした折りに迫り来るそういったマイナスの思いから逃れるため、素晴らしい自分に近付けるよう必死になります。
その結果、虚勢を張ったような強気の発言や、自信過剰とも思われがちな言動につながることが、よくあります。

高樹氏がそうである、という断言ではないですよ。
ただの一般論です。


実際、「兄=自分大好き人間」という見方で捉えているファンも多かったです。

「兄の俺自慢が鼻につく」

そんな意見をネット上で目にすることも、一度や二度ではありませんでした。


兄のブログ発言に対しても、否定的な意見のファンも少なからずいたようです。

「弟に対する愚痴なんて自分の中にしまっておいて、最後くらい気持ち良く送り出してあげたらいいのに」

そう書いている人も、その意見に同調する人もいました。


なんだか誤解されてるなぁ、兄。
そう思ったものです。


本当は兄も、自信なんてないのではないか。
「俺は駄目だ」
本心ではそう思っていることが、実はあるのではないだろうか。

その自己否定の裏返しなのではないのだろうか?
ファンにすら誤解されがちな、強気なあの態度。


兄だってただ好き放題言ってるだけではなく、反省することや後悔することだって多かったろう。
ああいう生き方の人は、自分と常に戦いながら生きていたりするものです。



「お互いに、作品が自己愛を投影する鏡になっていた」

兄のこの言葉が、なんだかとてもしっくりきました。
これが弟脱退に至った一番の理由だったんだろうな。


自己愛の投影、これ自体はすごく素晴らしい事だと思うんですよ。
何かを生み出す人、芸術家っていうのは、自己愛がなければ良い作品は作れません。


不幸だったのは、2人が純粋な商業的利害関係者に徹せない、血縁関係者であったということ。


実際、プロデュースを冨田恵一氏に任せていた初期の頃は、「キリンジ」という箱は比較的うまく機能していたように思えます。
弟が脱退を考え始めた時期が、キリンジがセルフプロデュースを始めた頃と重なることから、個性を持った2人のミュージシャン間の調整役不在が脱退の一因となったのでは、という推測もできます。

2人とも作詞・作曲ができる以上、それぞれ自分の思い描くように最後までプロデュースしたいと考えるのは当然のこと。
グループとしてこういう作品を作ろう、という(冨田P時代の)方向性ではなく、2人のミュージシャンが別個に用意したものを持ち寄りまとめ上げる(言い方を変えれば、妥協点を探す)作業になってしまった。


「兄弟だから」

で済ませられる妥協ではなくなってしまった。


脱退は残念ではありますが、納得のいく理由でもあります。
例えとして正しいかどうか不明ですが、大塚家具騒動なんかを見ても思いますが、身内同士で商業的な何かをやるっていうのは、始めるときは物凄く簡単ですが、続けることは意外と難しいんだろうなと思います。



続く。