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キリンジからの弟脱退に見る兄弟姉妹の関係性について思うこと-1

一番好きな、ミュージシャンと言うんでしょうかアーティストと言うんでしょうかユニットはたまたデュオとでも言うんでしょうか、音楽グループはキリンジです。
もう15年以上も変わらず、です。


でも好きだったのは、やはり堀込兄弟でやっていたときのキリンジでした。



知らない方も多いと思うので少しご説明しますと、

キリンジ」は元々、兄・堀込高樹、弟・堀込泰行の実兄弟で結成されたグループです。
両方が詞も曲も書き、ギターも弾きます。
歌うのは弟がメイン。
兄もたまに歌う。1アルバムにつき1曲あるかないかくらい。


20年近く兄弟で組んでいたキリンジから、2013年に弟が脱退します。
ざっくり言うと、

「グループとして活動する上で、いつも自分の役割が決まっていた。毎回同じだった。
兄弟であるが故に、お互いを一人のミュージシャンとして尊重するのが難しかった」

と、弟サイドから表向きに発表された理由はこんな感じ。

公式発表では、決して兄弟不仲による脱退ではない、という点が強調されていました。
後ろ向きな決別ではない。前向きな旅立ちである。と。
自分は自分でグループの役割分担に縛られずに、好きな曲を書きたいし、好きなように歌いたいし、好きなようにアレジしたい。
弟による、そんな決意表明のようでもありました。


しかししばらく経つと、兄サイドから見た「僕の考える真の脱退理由」が、ファンクラブで公開されたブログで語られます。

弟の旅立ちを快く送り出そう、そんな綺麗事のような「すべてが弟中心の」捉えられ方に、小さな怒りもある。
弟の話ばかりがクローズアップされ、自分の言い分を思った通りには伝えられなかった。
今回の脱退は「旅立ち」ではなく、「両者のエゴの衝突による決裂」である。
兄弟間で技術的に大きな差があり、その差を個性としてうまく制作に取り込めれば良かったが、お互いのエゴがぶつかり合ったためそうはならなかった。
2人とも、作品が自己愛の投影対象となってしまっていた。


同じ目的地に向かうはずの兄と弟の間に生じた、小さな意識の違い。
少しずつずれていく足並みが揃うことはなく、気付けばいつの間にか、道は二手に分かれていたのです。


弟が脱退した後も「キリンジ」という名前を捨てきれない兄は、この名前を引き継いでバンドを始めます。
兄と他5名による6人体制のバンドとして、「KIRINJI」は新たにスタートを切りました。
バンド名義でアルバムも1枚出しました。



…と、ここまでがキリンジの概要。


弟の脱退が決まったとき、ファンの間には大きな衝撃が走りました。

「堀込兄弟から生み出される曲が好きだったのに」

「弟のいないキリンジなんて考えられない」

「辞めないで~!」

と。


しかし同時に、「ああやっぱりな」「来るべき日が来てしまった」と感じたファンもかなり多かったはず。
これもまた事実。



堀込兄弟の間には、ファンにもそれとなく感じ取れる「格差」のような隔たりが常々ありました。

ラジオでの対話を通じて。
雑誌や音楽関連webサイトでのインタビューから。
彼らが寄稿した文章を通して。


「頭脳明晰で、言葉選びに非凡なセンスが感じられる難解な詞を書き、複雑なコード進行でメロディーの美しい、洗練された曲を作る兄」というような兄を高評価する声が、いつもどこでもついて回ります。

兄は兄で、自分に向けられるその賞賛を強く自覚しており、またおそらく本人にも強い自負があるのでしょう、弟に対してかなり明け透けに、時には「無神経じゃないの?」とファンが心配するほどの強気な発言をしてきました。

見方によっては、「見下し」のようにも見えました。
兄は、自分の方が優れていると思っている。
傍から見ればそう思われても無理のないような、遠慮のない兄から弟への態度でした。


曲作りにおいても「兄主導型」が推測される発言が、随所にありました。
1曲の完成までに費やされるパワーバランスが、兄弟間で少し偏っているようでもありました。

自分の作品が兄の意見によって意図していたのとはすっかり違う形になることも多く、最初は面白くなかったが、今はもう諦めた。
ソロ活動で一から最後まで自由に作り込みたい。
そんな想いを弟が語る機会が、過去に何度かありました。


また一方で、兄がブログで語ったように、「常にメインに据えられる弟」という存在もありました。
バンドでも何でも、これはもうグループというものの宿命としての話になりますが、フロントマンは常に注目を浴びます。
「メインボーカル担当」、それはすなわち「グループの顔」の役割が課せられたことに等しいのです。

兄にとっては、自分が書いた詞・自分が書いた曲・自分の生み出した作品。
それを「キリンジの顔」として世の中に送り出す役割は、いつも弟がメインでした。

俺の作品なのに。
いつももてはやされるのは、メインボーカルである弟。
もっと俺にも注目してほしい。
俺がこの曲に込めた本当の意図は、こだわりは、こんなに奥深く素晴らしいものなのに。

そんな、長年秘め続けてきたもどかしいような想いが、兄の文章からは読み取れました。



しかし弟の脱退に至るまでの20年近くもの間、そのような「格差」が特に問題化することもなく、ファンや本人達にすんなりと受け入れられていたひとつの理由がありました。


それこそが、弟が自分の脱退の理由として語った、

「兄弟であるが故に」

という点なのです。


兄弟だから、少しくらいキツいことを言い合っても平気。

兄弟だから、仮に喧嘩してもまたすぐに関係を修復できる。

兄弟だから、何をやっても許される。


兄弟だから、兄弟だから、兄弟だから…。


2人が本当にそう思っていたかどうかは不明ですが、少なくともファンはそんな風に受け止めることで、どこか危うげにも見える2人の関係を「でも大丈夫、兄弟だから」と安心したがっていたようにも思えます。



次回へ続きます。
キリンジ愛が深いため、一度で書ききれません…)